
子ども2人との平日夜は、予定どおりに進まなくて当たり前です。
帰宅してから寝かしつけまでにすることは、お風呂に入り、ご飯を食べ、片づけをして、歯を磨いて寝るだけ。
文字にすると単純ですが、実際にはそう簡単には進みません。片方の着替えを手伝っている間に、もう片方が遊び始める。やっと食卓についたと思ったら、ご飯をこぼしたり、食べなかったり、兄弟げんかが始まったりします。
私も余裕がなくなると、気づけば「早くして」を何度も言っています。寝かしつけまで終わったあとに、「今日も急かしてばかりだったな」と思う夜もあります。
そこで我が家では、帰宅後に迷わなくて済むように、平日の夜の流れをある程度決めています。
きれいに家事を終わらせるためのルーティンではありません。私がなるべく疲れきらずに、子どもたちも大きく崩れず、家族みんなで一日を終えるための流れです。
帰宅したら、座る間もなくお風呂へ

我が家では、帰宅したらほとんど座る間もなく、そのままお風呂へ向かいます。
荷物を置いて、子どもたちの服を脱がせ、私も一緒に入ります。夕飯より先に、親子全員のお風呂を済ませてしまうのが、我が家の平日夜の大きなルールです。
一度子どもたちが遊び始めてしまうと、そこからお風呂へ連れていくのが大変になります。
「お風呂に入るよ」と何度も声をかけても動かない。ようやく入ったと思ったら、今度はなかなか出てくれない。夕飯を食べたあとでは、私も座った場所から立ち上がりたくなくなります。
そのため、帰宅した勢いをそのまま使ってお風呂へ向かいます。
夕飯のあとに、まだお風呂が残っていると思わなくて済むだけでも、私の気持ちはかなり楽になりました。
もちろん、帰宅直後から子どもがぐずる日もありますし、すぐに服を脱いでくれない日もあります。それでも、「帰ったら最初にお風呂」という流れが決まっていると、次に何をするかを毎日考えずに済みます。
お風呂から出たら、私は夕飯を作る
お風呂から出たら、子どもたちはパジャマに着替え、私は夕飯を作ります。
夕飯ができるまでの30分ほどは、子どもたちの自由時間です。
おもちゃで遊んでも、絵本を読んでも、テレビを見てもOK。この時間は、何をするかについて細かく口を出さないようにしています。
私が料理をしながら、子どもたちの遊び方まで気にしていると、それだけで疲れてしまいます。
テレビを見せることに罪悪感を持っていた時期もありました。でも、夕飯を作るための30分ほどです。子どもたちが落ち着いて過ごせて、私も料理に集中できるなら、それで十分だと思うようになりました。
平日の夜に毎回、子どもと遊びながら、夕飯も手際よく作るというのは、私には難しいことでした。
夕飯を作っている間は、子どもたちは自由に過ごす。私は子どもたちのことを細かく見すぎず、ご飯を用意する。
この時間を割り切ったことで、帰宅後の負担が少し減りました。
夕飯は、一品で完結するものが中心

平日の夕飯は、品数をたくさん作ることより、無理なく食卓に出せることを優先しています。
よく作るのは、うどん、パスタ、丼ものなど、一品である程度完結するものです。少し余裕がある日は、味噌汁も作ります。
ただ、毎日家で作るわけではありません。
疲れている日はUber Eatsを頼むこともありますし、帰りにコンビニ弁当を買って帰る日もあります。
夕飯を手作りすることにこだわりすぎると、食べ始める時間が遅くなり、私の余裕もなくなります。
時間をかけて作ったものを子どもが食べてくれないと、「せっかく作ったのに」とがっかりすることもあります。その気持ちのまま食卓に座ると、子どもに食べることを強く求めてしまい、食事の時間そのものがつらくなることもありました。
だから今は、手作りかどうかよりも、家族が無理なくご飯を食べ始められることを大切にしています。
うどんだけの日があっても、買ってきたお弁当の日があってもいい。
その日の夕飯を用意して、みんなで食卓につけたら、それで十分です。
ご飯を食べたら、みんなで片づける
夕飯を食べ終えたら、みんなで簡単に片づけをします。
子どもたちにも、自分の食器を運んでもらったり、テーブルの上のものを戻してもらったりします。
もちろん、毎回きれいに片づくわけではありません。
途中で遊び始めることもありますし、結局ほとんど私が片づける日もあります。それでも、「ご飯を食べたら片づける」という流れは残しています。
私一人が片づけをして、その間ずっと子どもたちに「待っていて」と言うより、少しでも一緒に動いた方が、食事の時間を終わらせやすくなります。
この時間に、食器洗いやキッチンの掃除まで完璧に終わらせる必要はありません。
食器を下げて、食べ残しを片づけ、テーブルの上がある程度空けばOKです。残った食器は、寝かしつけのあとに洗うこともあれば、翌朝に回すこともあります。
片づけが終わったら、20時まで自由時間
夕飯の片づけが終わったら、20時ごろまではもう一度自由時間です。
夕飯を作っている間の自由時間はテレビもOKですが、夕飯後はテレビを消し、それ以外の遊びをして過ごします。
おもちゃで遊んだり、絵本を読んだり、兄弟で遊んだり、その日の気分で好きなことをします。
夕飯後までテレビをつけていると、消すタイミングで揉めやすくなります。「まだ見たい」と言われて、寝る準備がどんどん遅くなることもありました。
そこで、テレビは夕飯を作っている間まで。ご飯を食べ終わったあとはテレビ以外の自由時間、と決めています。
毎日ぴったり同じようにできるわけではありませんが、最初からルールを決めておくことで、その都度交渉する回数は減りました。
この時間に、私がずっと一緒に遊ぶわけではありません。
余裕があれば絵本を読んだり、一緒に話したりすることもあります。近くで家事をしながら見守るだけの日もありますし、子どもたちだけで遊んでいる日もあります。
平日の夜に、毎日充実した親子時間を作らなければと思うと、私自身が疲れてしまいます。
同じ部屋で、それぞれ無理なく過ごせていれば、それで十分だと思っています。
20時ごろになったら、寝る準備を始める

20時ごろになったら、遊びを終えて寝る準備に入ります。
歯磨きをして、トイレやおむつ替えを済ませ、布団へ向かいます。
分単位で厳密に進めているわけではありません。遊びが区切れない日や、夕飯が遅くなった日は、20時を過ぎることもあります。
それでも、「20時ごろになったら寝る準備」という目安があることで、自由時間がいつまでも続くことを防ぎやすくなりました。
寝る前に絵本を読む日もあります。
何冊も読める日もあれば、一冊だけの日もあります。私も子どもたちも疲れていて、布団に入るだけの日もあります。
以前は、寝る前には絵本を読んで、今日あったことをゆっくり聞いて、穏やかに一日を終えたいと思っていました。
でも、毎日そこまでできるわけではありません。
短い時間でも、子どもたちが安心して眠れたら、それでいい。そう思うようになってから、寝かしつけ前の気持ちが少し楽になりました。
家事を全部終わらせようとしない
以前は、寝かしつけまでに食器を洗い、洗濯物をたたみ、部屋も整えておきたいと思っていました。
でも、家事を全部終わらせようとすると、その分だけ私の余裕がなくなります。
余裕がなくなると、子どもがなかなか動かないことや、兄弟げんかをしていることにイライラしやすくなります。
そこで今は、平日の夜に全部を終わらせようとするのをやめました。
食器が残っていてもいい。洗濯物がたためていなくてもいい。おもちゃが部屋に出たままでもいい。
今日中にしなくても困らないことは、明日に回します。
家が整った状態で一日を終えることより、私が大きく崩れずに、子どもたちを寝かせるところまでたどり着くことの方が大切でした。
それでも、予定どおりに進まない日はある
流れを決めていても、毎晩同じようには進みません。
帰宅が遅くなる日もあります。お風呂からなかなか出てくれない日もあります。夕飯を食べるのに時間がかかったり、兄弟げんかが続いたりする日もあります。
夕飯を作る余裕がなく、そのままデリバリーを頼む日もあります。
子どもたちに何度も「早くして」と言ってしまう日もありますし、私自身が疲れきって、穏やかに対応できない日もあります。
そんな日まで「ルーティンを守れなかった」と考えると、毎日が苦しくなります。
ルーティンは、家族を縛るための予定表ではありません。
余裕がない日に、次に何をするか迷わずに済むための目印です。
自由時間が短くなる日があってもいい。20時を過ぎる日があってもいい。夕飯が買ってきたものだけの日があってもいい。
全部を守ることより、その日の家族に合わせて調整しながら、眠るところまでたどり着くことを大切にしています。
まとめ

我が家の平日夜は、帰宅したらそのまま親子でお風呂に入るところから始まります。
お風呂から出たら、私が夕飯を作り、その間の約30分は子どもたちの自由時間。テレビを見ても、おもちゃで遊んでもOKです。
夕飯は、うどんやパスタ、丼ものなどの一品料理が中心です。余裕があれば味噌汁を作り、疲れている日はUber Eatsやコンビニ弁当にも頼ります。
ご飯を食べたら、みんなで簡単に片づける。そのあとはテレビを消し、20時ごろまで自由に過ごします。
20時ごろになったら、歯磨きなどの寝る準備を始めます。
毎晩きれいに進むわけではありません。それでも、次にすることがある程度決まっているだけで、私が考えたり、子どもたちに何度も声をかけたりする回数は少なくなりました。
帰宅して、お風呂に入り、何かを食べて、眠るところまでたどり着けたら、その日はもう十分です。
家事を全部終わらせることよりも、家族みんなで無事に一日を終えること。
それが、今の我が家が平日の夜を回すために、一番大切にしていることです。